俵万智(たわらまち)さんと言えば「サラダ記念日」で有名な歌人、エッセイストですよね。
そんな俵万智さんのプライベートなどについても気になるところです。
そこで今回は、俵万智さんのプロフィールや経歴、息子(子供)・夫や、結婚せず未婚の理由について、さらに両親(父母)、兄弟姉妹、出身校(中学高校大学)についてご紹介します。
ぜひ最後までご覧ください。
俵万智のプロフィールや経歴!息子(子供)や夫・結婚せず未婚の理由は?
それではまず、俵万智(たわらまち)さんのプロフィールや経歴、息子(子供)や夫、結婚せず未婚の理由について、見ていきましょう。
プロフィール
俵万智(たわらまち)さんのプロフィールは以下の通りです。
生年月日:1962年12月31日(2023年9月10日時点年齢60歳)
出身地:大阪府北河内郡
出身大学:早稲田大学第一文学部日本文学専修
星座:やぎ座
血液型:A型
経歴
俵万智(たわらまち)さんの経歴は以下の通りです。
1985年 早稲田大学卒業後、神奈川県立橋本高校の国語教員として働きながら発表した『野球ゲーム』で第31回角川短歌賞次席。
翌年、『八月の朝』で第32回角川短歌賞受賞。
1987年 発行された第一歌集『サラダ記念日』は歌集としては異例の大ベストセラーとなって社会現象を引き起こし、口語短歌の裾野を一気に広げた。
その後は歌人として活躍するほか、朝日舞台芸術賞の選考委員となるなど、文化人として活躍中。
息子(子供)や夫・結婚せず未婚の理由
俵万智(たわらまち)さんは40歳で息子を出産後、シングルマザーとして子供を育てています。
俵万智さん自身の発言によると、夫はおらず、未婚のまま人工授精で出産したということです。
夫については公表されておらず、ネット上では仕事で知り合ったカメラマンだったり、師匠にあたる歌人の佐々木幸綱(ささきゆきつな)さんではないかという噂がたっていました。
なぜ結婚していないかはわかりませんが、おそらく恋愛関係にあった男性はいたにせよ、結婚には至らず年齢を重ね、子供を産めなくなる前に人工授精でシングルマザーになる決意をしたのではないでしょうか。
俵万智さんの歌集『サラダ記念日』の中には妻子ある男性を好きになった女性の気持ちが生々しくあらわされた作品もあります。
もしかしたら俵万智さんが子供を欲しがるほど好きな相手も、妻子を持った男性だったのかもしれません。
俵万智の両親(父母)や兄弟姉妹は?
次に俵万智(たわらまち)さんの両親(父母)や兄弟姉妹について見ていきましょう。
両親(父・母)
俵万智さんの父は俵好夫(たわらよしお)さんといい、物理学者で主に磁石の研究をされています。
俵好夫さんは1957年大阪大学理学部物理学科を卒業後、1959年松下電器産業に入社しました。
その後1975年に退職しデイトン大学客員研究員になり、その後希土類磁石の研究者として活躍しました。
俵好夫さんが発明したサマリウムコバルト磁石は1970年から1980年まで世界で一番強い磁石でしたが、その後はネオジム磁石にその地位を譲りました。
俵万智さんの母親は俵智子(たわらのりこ)さんといい、無類の本好きで本を読み耽るあまり、夕飯の支度を忘れそうになったこともしばしばあったそうです。
俵智子さんは幼い俵万智さんに読み聞かせを沢山してくれたそうで、母親の影響で俵万智さん自身も本が好きになったのだそうです。
頭の良い父親と本好きの母親に育てられた俵万智さんが有名な歌人になったのもうなずけますね。
兄弟姉妹
俵万智さんには10歳下の弟俵太一(たわらたいち)さんがいます。
俵太一さんについての詳細はわかりませんでしたが、俵万智さんの歌に度々弟が題材として登場しています。
軽井沢の 空気ひんやり深まりて もうそこにある弟の結婚
この歌から、おそらく弟さんは軽井沢で結婚式をあげたのだろうことが推察されます。
他にも姉の視点から弟を詠む句がいくつかあるので、気になった方はぜひ読んでみてください。
俵万智の出身校(中学高校大学)は?
それでは最後に、俵万智(たわらまち)さんの出身校(中学高校大学)についてみていきましょう。
・中学
俵万智さんの出身中学は、四篠畷市四条畷中学校です。
俵万智さんは英語の森田先生に憧れて、中学1年で英検3級を取得します。森田先生が顧問のバレーボール部にも入部しますが、運動神経の悪さからか万年球拾いだったそうです。
中学2年の2学期から父親の仕事の関係で福井県武生市に引っ越し、武生第一中学校に通うことになります。
転校後初めて自分が大阪弁を話していることに気づき、友達を作るために一生懸命福井弁
を練習したそうです。
勉強が好きで、平日は4・5時間、休日は13時間くらい机に向かっていました。
・高校
俵万智さんの出身高校は福井県立藤島高校です。
偶然にも高校の最寄り駅が「田原町(たわらまち)」だったので誰からも名前を憶えられたそうです。
顧問の田辺先生に憧れて演劇部に入部し、つかこうへいさんなどの戯曲に夢中になりました。
高校2年の時付き合っていた先輩に振られて勉強が何も手につかなくなり、成績が急降下するも、まったく勉強する気が起きず、推薦で早稲田大学に入学することを決めたそうです。
・大学
俵万智さんの出身大学は早稲田大学第一文学部日本文学科です。
最初はアナウンス研究会に入会し、ラジオドラマを作ったり、朗読会をしていました。
その後師匠である佐々木幸綱さんの日本文学概論の授業を聞き、ファンレターを出すほど魅了されます。
佐々木先生の著書を片っ端から読み漁り、そこで短歌と出会います。
ファンレターに短歌をつづるなど徐々に短歌にのめりこみ、角川書店の歌誌「短歌」に応募して秀逸に選ばれたり、第30回角川短歌賞の候補作に選ばれたり、着々と歌人としてのキャリアを歩んでいます。
まとめ
今回は俵万智(たわらまち)さんのプロフィールや経歴、息子(子供)・夫や結婚せず未婚の理由、さらに両親(父母)、兄弟姉妹、出身校(中学高校大学)についてお送りしました。
俵万智さんの半生を振り返ると、先生に惚れ込んで何かにのめりこむことが多いように感じます。
歌集にも恋愛模様をつづった作品が多いので、俵万智さん自身が恋多き女性だったのではないでしょうか。
そこで歌人として有名になるほどキャリアを積み上げられたのはもちろん才能もあったのでしょうね。
これからも俵万智さんに注目し応援していきましょう。