草笛光子(くさぶえみつこ)さんは映画「老後の資金がありません!」で天海祐希さんと共演されるなど、現在も大女優として活躍されており、草笛光子さんのプライベートについて気になっている方も多いと思います。
そこで今回は草笛光子さんについて、プロフィールや経歴、現在や若い頃も美人で宝塚出身のハーフなのか、結婚と離婚、夫や子供、さらに両親(父母)、兄弟姉妹についてご紹介します。
草笛光子のプロフィールや経歴!現在や若い頃も美人で宝塚出身のハーフ?
それでは草笛光子さんのプロフィールや経歴、また現在や若い頃も美人で宝塚出身のハーフなのか見ていきましょう。
プロフィール
草笛光子さんのプロフィールは以下の通りです。
数え90歳の草笛光子😊 https://t.co/1DGihOCCRB pic.twitter.com/VtTjtK4lgo
— 翆野 大地 (@tdoGHRpxwvFbIP8) September 8, 2023
本名:栗田光子(くりたみつこ)
生年月日:1933年10月22日(2023年9月8日時点年齢89歳)
出身地:神奈川県
身長:158㎝
血液型:B型
所属事務所:草琇舎(そうしゅうしゃ)
経歴
草笛光子さんの経歴は以下の通りです
1950年松竹歌劇団に入団。松竹大船、東宝を経て数多くの舞台、映画に出演。
1958年音楽バラエティ「光子の窓」で自ら司会を務め人気を博す
その後は日本ミュージカル界の草分け的存在として数々のミュージカルや映画に出演したほか、最近ではファッションブックを出版するなど活躍中。
若い頃や現在の画像
草笛光子さんの若い頃の写真がこちらです。
かつてのオードリーヘップバーンのような日本人離れした美しさをもつ女性です。
そして現在の写真がこちらです。
映画「プラダの悪魔」に出てくるメリルストリープのような大女優のオーラを感じます。
今年90歳になられるということですが全く衰えを感じない美しさですね。
宝塚出身のハーフ?
草笛光子さんについて調べていると、「宝塚出身ではないか」「ハーフではないか」という噂を多く目にします。
実際は宝塚出身ではなく、ハーフでもありません。
草笛光子さんはSKDと呼ばれる「松竹歌劇団」出身です。
松竹歌劇団は1928年に松竹を母体として設立されたミュージカル劇団で東京・浅草に本拠地を置いていました。
1930年代には東京一のレビュー劇団として、宝塚歌劇団と双璧をなす人気がありました。
草笛光子さんは1950年に入団し、女優の淡路恵子さんや深草笙子さんとともに「スリーパールズ」を結成してしていましたが、4年後に退団されました。
松竹歌劇団、スリーパールズの写真。1952年くらいか?
左から草笛光子さん、淡路恵子さん、深草笙子さん。
淡路恵子さんは既に黒澤映画『野良犬』に出演し、キャリアを積んでいた。 pic.twitter.com/u8T4K4fD5I— 小針侑起 (@peragoro22) May 18, 2020
松竹歌劇団は1996年に閉業したため、歌劇団出身と知っている人が「宝塚出身」と勘違いしてしまったと思われます。
また草笛光子さんは日本人離れした顔立ちからハーフに見えるかもしれませんが、純日本人で両親も日本人です。
本人も「横浜生まれ、横浜育ちのハマッ子」と語っています。
往年のハリウッドスターのような風貌なのでハーフだと思っても無理はありませんね。
草笛光子の結婚/離婚した夫や子供・両親(父母)や兄弟姉妹は?
次に草笛光子さんの結婚・離婚した夫や子供、両親(父母)や兄弟姉妹についてご紹介します。
結婚・離婚した夫や子供について
草笛光子さんは1960年、芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)の息子で作曲家の芥川也寸志(あくたがわやすし)さんと結婚しました。
芥川也寸志さんはJASRACの元理事長を務めるなど近代作曲家の巨匠ともいえる人物ですが、3度の結婚を経験しており、草笛光子さんは2番目の奥さんでした。
芥川也寸志さんは前妻との連れ子が2人いたのですが、草笛光子さんはその連れ子と仲が悪く1962年に離婚し、2年の結婚生活に幕を閉じました。
その後も再婚はしておらず、連れ子も血は繋がっていないので、草笛光子さんには子供がいないということになります。
両親(父母)兄弟姉妹について
草笛光子さんの実家は両親と4人兄弟の6人家族であり、草笛光子さんは長女です。
父は冨田智さんといい横浜出身でかつて三菱重工の造船所に勤めていて、船の進水式があると連れて行ってくれたそうです。
母は冨田登美恵さんといい、横浜出身で16歳の時に草笛光子さんを出産されました。
終戦後失職した父を支えるため登美恵さんは桜木町で洋裁店を開きました。
草笛光子さんは母の洋裁店を手伝い、そのお小遣いで松竹歌劇団の養成学校に通っていたそうです。
草笛光子さんがデビューした後はマネージャーを務め92歳で他界されました。
亡くなる間際「今まで17歳で産んだといったけどほんとは16歳で産んだのよ」とカミングアウトされたそうです。
草笛光子さんの妹さんは冨田恵子さんといい現在女優をされています。
また二番目の妹は終戦後疎開先で赤痢を発症し亡くなられました。
末っ子の弟は冨田直幹さんといいます。草笛光子さんとは11~12歳離れており、占星術の一つである九星気学を伝承する「妙気会」の会主をされているそうです。
兄弟が多く戦争を経験されているのも時代を感じさせますね。
まとめ
今回は草笛光子さんのプロフィールや経歴、現在や若い頃も美人で宝塚出身のハーフなのか、結婚・離婚した夫や子供、さらに両親(父・母)や兄弟姉妹についてお送りしました。
今もなお変わらぬ美しさで、芸能界の一流女優としている草笛光子さんは、日本ミュージカル界の草分け的存在だったことなど、輝かしい功績がある方ということが分かりました。
元夫も日本を代表する作曲家であるなど、周りの方々もすごい方ばかりでしたね。
今後もますます活躍される草笛光子さんに注目し、応援していきましょう。